保健福祉学部栄養学科Department of
Nutritional
Science

分子栄養学研究室

教員紹介

氏名・職位    山本 登志子 YAMAMOTO, Toshiko 教授


【専門分野】

脂質生化学、細胞組織学

【所属学会など】

日本生化学会、日本脂質生化学会、日本栄養食糧学会、日本農芸化学会、日本ビタミン学会

主な研究テーマ

〈脂質メディエーターとその合成酵素の生理学的意義の解明〉

  1. 脂質メディエーター合成系を標的とした慢性炎症予防・改善のための食品機能性の探索
  2. 乳汁中脂質の質と健康・疾病への関連
  3. 生体信号を利用した嚥下機能評価系の構築と機能性を付加した嚥下調整食の開発

一般の方へ

こんな研究をしています

脂質というと、「あぶら」や「脂肪」を連想したり、三大栄養素のひとつとして、効率の良いエネルギー源のイメージが強いかもしれません。脂質は、からだを構成する有機物のひとつで、生命維持に欠かせない物質であり、エネルギー源だけでなく、生体膜の構成成分や生理活性物質としても重要な役割を持っています。最近では、食品中の脂質の種類についても関心が高まっており、からだに良いとされるω3系不飽和脂肪酸を多く含む魚を食材とした和食や寿司は、健康的なイメージとともに海外でもブームになっています。最近では、ω3系不飽和脂肪酸の代謝産物が、炎症収束に働くことが明らかとなってきました。一方で、ω6系不飽和脂肪酸であるアラキドン酸の代謝産物は、恒常性の維持にも必須ですが、炎症誘導性脂質メディエーターと呼ばれ、様々な疾病の惹起や進展、慢性炎症にも関与する場合があります。このように、食品の脂質の質はもちろん、生体内で生合成される脂質メディエーターのバランスが重要です。生体内の脂質メディエーターのバランスが健康や疾病の予防・改善に働くと考え、私達は、その合成に関わる酵素の調節機構について研究しています。

私達の研究のひとつは、炎症誘導性脂質メディエーター合成系を標的とした食品機能性の探索です。自然薯や赤米、ザクロ葉などの抽出物や成分による抗炎症・抗腫瘍効果を見出し、慢性炎症性疾患の予防や改善に働くことを明らかにしました。さらに、これらの食品機能性をいかして、疾病予防効果を付加した嚥下調整食の開発を行っています。

早期ライフステージにおける栄養は、発達や成長に重要なだけでなく、青年期・成人期以降の体質や健康に深く関与します。私達は、授乳期の栄養、すなわち乳汁中の脂質に着目して、脂質成分や脂質メディエーターのバランスを明らかにし、それが生体におよぼす影響や、脂質の質を決定する酵素について研究を進めています。

慢性炎症予防を目指した食品機能性の探索


早期ライフステージの脂質栄養の意義

受験生・在学生にひとこと

からだの中で起こっている現象を、研究を通してとらえてみたいと思いませんか。私達が探っている脂質分子は、とても小さな分子で、からだの中では大変微量な成分ですが、とても強い作用と重要な働きをもっています。このような脂質の研究から、様々な生命現象や疾病との関わりが見えてきます。私達は、脂質成分の新しい役割やその調節に関わる仕組みを明らかにしたり、その調節を制御する食品機能性を見つける研究を行っています。

食や栄養の観点から、健康的な生活や、疾病予防・改善に役立つ研究を、私達と一緒に目指してみませんか。そして、新しい発見をする喜びを共有しましょう。

疾病を予防するために

私達は、恒常性の維持や疾病の誘導などの様々な生理活性をもつ脂質メディエーターに着目して、病気を予防し、健康的な身体を作っていくための基礎的な研究を行っています。健康を維持し、疾病の予防や改善を目指すために、薬や医療に頼るだけではなく、食事や栄養の観点から日常的に取り入れるための食品機能性を探索しています。炎症を誘導する脂質メディエーターの合成を抑える食品や天然物由来成分を見つけ、生化学、酵素学的、細胞生物学などの解析手技に加え、色々な慢性炎症性疾患のモデル動物を対象として、遺伝子発現、脂質分析、病理組織科学解析などの方法で、実際に生体での効果を検証します。その機能性を付加した新しい嚥下調整食の開発を目指し、その評価系として生体信号を利用した簡便な嚥下機能測定法の開発にも取り組んでいます。

また、私達が摂取する食品の中の脂質成分バランスが身体におよぼす影響を考えています。そのひとつとして、乳児期の栄養源である乳汁中の脂質成分に着目し、これまでに知られてきた母乳の効果に加えて、脂質成分バランスやそれによる新しい効果が期待されます。

研究者の方へ

研究の概要

ω6系不飽和脂肪酸のアラキドン酸に由来する脂質メディエーターは、恒常性維持に必須ですが、炎症誘導性脂質メディエーターのプロスタグランジン(PG)E2やロイコトリエン(LT)の過剰産生は、様々な病態の惹起や増悪化を導きます。一方、ω3系不飽和脂肪酸のEPAやDHAには、循環器疾患の予防効果的がありますが、加えて、これら脂肪酸由来の脂質メディエーターが炎症収束に働くことが分かってきました。よって、生体内での脂質メディエーター産生バランスが、炎症を慢性化するか、収束させるのかの鍵となります。

PGE2やLTの過剰産生が長期化すると、慢性的な炎症状態から、やがて慢性疾患へと移行します。疾患を未然に防ぐ、重症化を抑えるために、副作用を回避した食品や天然物由来成分による疾病の予防や改善が期待されます。そこで、私達は、PGE2やLTの合成酵素を標的として、その発現抑制や活性阻害に働く機能性成分の探索を行い、慢性炎症性疾患モデル細胞やモデル動物を用いて、生化学的、病理組織学的にその有効性を検証しています。

慢性炎症予防効果を有する食材や機能性成分を利用して、高齢者のための機能性を付加した嚥下調整食の開発を目指しています。また、嚥下調整食への適合性として、食品の物性だけでなく、嚥下機能測定による評価を行います。そのために、簡便で非侵襲的な生理学的嚥下機能評価系を構築しています。この評価系は、高齢者の嚥下機能そのものの測定にも応用可能で、汎用性が期待できます。

胎児期や乳児期の栄養が、生涯の体質や健康に影響することが分かってきました。出生後の乳児は、全ての栄養を乳汁に頼ります。エネルギー源としての脂質、脳や網膜の発達に必要なアラキドン酸やDHAの役割は知られていますが、その他の脂質成分の構成や意義については明らかではありません。私達は、ヒト母乳中脂質成分のプロファイリングによって、特徴的な脂質成分やバランスを明らかにし、次世代の健康状態におよぼす影響を明らかにしたいと考えています。

  

研究成果例など

自然薯の抗腫瘍・抗炎症効果と嚥下調整食への応用

自然薯抽出物によるPGE2合成系酵素のCOX-2とmPGES-1の発現抑制と抗炎症・抗腫瘍効果を見出し、ヒト肺癌細胞において、転写因子のNF-κBの細胞質移行を伴う遺伝子発現制御と炎症性サイトカインの発現抑制を明らかにしました。加えて、炎症を伴う皮膚癌モデル動物で、その効果を検証し、PGE2産生抑制による腫瘍形成抑制と癌細胞増殖抑制や、炎症性サイトカインの抑制効果などを明らかにしました。現在、その機能性成分の作用機序の解明を行っており、細胞選択的な効果と、副作用回避の検証を行っています。(J.Clin.Biochem.Nutr. 2014, 2018.)

自然薯の機能性と物性をいかした新規嚥下調整食への応用に取り組んでいます。自然薯乾燥粉末のレオロジー解析による嚥下困難者用モデル食品としての適合性を明らかにし、嚥下機能評価系にて市販のとろみ剤と同程度の適合性を見出しました。また、その物性をいかした新規嚥下食レシピの開発も行いました。(日本栄養食糧学会誌2020.)

自然薯抽出物による転写因子NF-κΒの 細胞質移行をともなうCOX-2と mPGES-1発現抑制と皮膚癌モデルにおける 腫瘍形成抑制効果


簡便で非侵襲性の嚥下機能評価系の構築と 自然薯粉末溶液の嚥下調整食適合性と レシピ開発

赤米ポリフェノールによる5-リポキシゲナーゼ活性阻害と慢性炎症性皮膚疾患の予防効果

5-リポキシゲナーゼ(LOX)が初発酵素となって、アラキドン酸より生合成されるLTのうち、LTB4は好中球などの炎症細胞を活性化し、慢性炎症性皮膚疾患の尋常性乾癬を誘導します。乾癬病変部では、大量の好中球が浸潤し、LTB4が産生されることで病態の慢性化と増悪化が進行します。私達は、LTによる慢性炎症の予防や改善を目的として、天然物由来成分の探索を行う中で、赤米由来プロアントシアニジン(RRP)の5-LOXに対する混合型非拮抗阻害と乾癬予防効果を見出しました。RRPを乾癬モデルマウスへ塗布すると、病変部のLTB4産生が特異的に減少し、それに伴い、皮膚の肥厚や炎症性細胞の浸潤が低下しました。また、IL-17やIL-22などの乾癬特異的炎症性サイトカインや炎症増悪因子、ケラチノサイト増殖因子の発現が抑制されました。このような天然物由来成分による5-LOX阻害は、乾癬以外にもLTが関連するアトピー性皮膚炎やアレルギー性炎症にも効果が期待されます。(Arch. Biochem. Biophys. 2020.)(赤米ポリフェノールは伊東教授の研究室で同定されたものです。)

赤米ポリフェノールの5-LOX阻害と 乾癬予防効果


乾癬における赤米ポリフェノールによる 炎症抑制メカニズム