2023年7月4日建築学科

学生の声(第2回・後編)

 

テーマ:設計課題の取り組み方や学んだこと

オープンキャンパスや卒業制作展などで、仕上がった建築図面や模型を見る機会は多いと思います。しかし、完成にいたるプロセスや、どのように建築設計を進めているのかを知ることは難しいかもしれません。そこで、今回は2021年入学(インタビュー当時3年生)の橋本七海さんにインタビューをしました。1年生、2年生、3年生の課題を通じて、その都度考えていたことや、学んだこと、また課題にどのように取り組んでいたのかなど、お話をうかがいました。(2023年6月19日、26日に岡北研究室にて)

前編では、入学時から2年生前期の一つ目の課題(建築設計1)までお話をうかがいました。後編では、建築設計2~5まで取りあげて、橋本さんの設計プロセスを覗いていきます。
(前編はこちら

 

岡北:「建築設計2」は保育園の設計課題でした。大学最寄りの服部駅近くの田畑を敷地に認可保育園を設計するものです。ここで初めて敷地がキャンパスの外になりましたね。また「建築設計1」に比べると、設計条件がいろいろとついています。

橋本:認可保育園には必要とされる部屋の大きさや数についてルールがあるので、それにしたがって設計しなければなりません。建築の設計と法律が結びつくことを学ぶ一方で、法律を守りながら設計することの難しさを知りました。

岡北:一般的な住宅でも、敷地の土地に対して建てられる建物の高さや大きさは法律で制限がありますし、そのほかにも建物の素材、階段の寸法、窓の大きさや数に関わるような規定があります。橋本さんはこの課題で、そのほかにはどんなことを考えていましたか?

橋本:この課題では「敷地調査」に力を入れました。私はこれまで敷地調査といえば、まさにその建物が存在する場所である「敷地」のことばかりを気にしていました。対象とする建築が建つ場所の魅力や可能性を考えればよいと思っていたともいえます。でも、敷地の周辺には駅があったり、ほかにもたくさん家があったり、近くに公園があったり、田んぼが広がっていたり、向こうに山が見えたり、敷地の外に大きな場所が広がっていることに気づきました。そこで、建物を設計するときには敷地だけを見るのではなくて、もっと広くその環境をとらえる必要があることに考えが至ったのです。また、設計する保育園が、県大に通う大学生や職員、地域住民の人たちとどういう関係性を結べるかなどを考えました。

岡北:建築は動かないので、それがある場所を大きな視点からとらえることは、とても大事ですね。

橋本:反省点として、法律のことばかり考えてしまって、保育園の主役でもある子どもたちにとって魅力的で楽しい空間をうまく作れなかったことがあります。

岡北:非常に難しい問題ですね。建築設計の上で、法規は避けて通れないので、設計課題でもある程度は取り入れますが、われわれとしても、それを守ることに一生懸命になって欲しいわけではなくて、空間をどう創造するのか、どういう建築のかたちにしたいのか、どんな魅力を建物やその場所に与えたいのか、そういったことをまずは考えて欲しいという思いもあります。法律や構造とバランスをとりながら、建築設計・デザインの楽しさを知ってもらおうという意図です。とはいえ、橋本さん!面白い建物ができていますよ!

橋本:内部に大階段のある空間を設けました。光がたくさん入る吹き抜けの高い空間に、大階段という象徴的なものを考えました。そこが保育室を納めた大きな空間と職員・事務室などの空間という二つの違う機能の空間をつなげる役目もあります。それぞれいろいろな役割のある部屋をうまくつなげたり、いろいろなところに視線が通るように、部屋の配置や開口部の場所などを考えました。

岡北:こどもたちは明るくて大きな場所や階段が好きですからね。

橋本:建築設計の進め方としては、いくつかの課題を経験することで、まず平面を中心に考えて、部屋の配置をいろいろと試して、最後に屋根を考えるという自分なりのスタイルが定着してきたのですが、これで本当によいのかといつも迷っています。

岡北:いろいろと試行錯誤して、自分なりのスタイルを確立することは大切です。「安藤忠雄のスタイル」とか「村上春樹のスタイル」とか「草間彌生のスタイル」とかあるじゃないですか。ああ、これはあの人の作品だなあと思わせる独自のものが。それは建築の設計のプロセスや方法もそうだと思います。

橋本:課題を提出して、プレゼンテーションをしたときに、非常勤講師の高吉先生が図面をとても褒めてくれたことがうれしかったです。図面表現をもっといいものにしようと決心しました。

図版1

部屋の大きさ、つながり方、屋根の形と光の取り入れ方などを試行錯誤していますね。

 

図版2

建物中央に大階段が見えます。そこを介して人が行き来できるように考えられています。余白に書かれているのは、法律上守るべき数字や簡単な計算式などです。

2年生後期

岡北:さて続いて「建築設計3」ですね。これは「防災交流センター(災害の時に避難できるスペースがあるコミュニティセンター)」の設計です。敷地は東総社駅近く、備中総社宮の西側あたり。

橋本:ちょっと変わったことをしてみようと思いました。敷地の近くに高校や幼稚園があるため、高校生・幼児・交流センター利用者の三者の関係性を、かたちに置き換えることができないかなと思って、三角形の平面を持つ建物にすることを決めました。

岡北:なるほど。三角形平面は建築としては特殊なかたちだから、いろいろと大変だったでしょう。三角形の平面に四角形の部屋をつくると、変な余白の空間ができてしまったりします。なかなかチャレンジングです。いわば1年生の最初の時に思っていた造形的な面白さと、建築の機能的な面とかをうまく融合させようということなのかな。

橋本:そうですね。三角形の平面から全体の計画を考えてみたものの、どうしても平面形状をそのまま立体化してしまいます。これをなんとかしたいと思いつつ、うまく解決できませんでした。
建築を立体的に考えることの難しさを改めて実感しました。また、面白い形・不思議な形は周辺の環境から浮いてしまうので、建物の外観や全体のボリュームをなおさら意識しないといけないなとも思いました。これからは周辺の建物や環境との関係性をより意識して設計に取り組もうと思いました。それこそ岡北先生が授業でおっしゃる西洋建築の魅力とか、建築の空間性みたいなことも、どうやって自分が設計に生かせるかなと悩んでいます。

岡北:おお、私の授業に言及してくれるとは!!ありがとうございます(笑)。私は建築の歴史といういわば文系的な学問を専門としつつ、みなさんに授業したりゼミをしているのは、建築の設計において歴史が教えてくれることがたくさんあるからです。
それはともかくとして、橋本さんは納得いっていない様子ですが、課題を通して様々なことにチャレンジをするのは大事です。失敗しながら学ぶことがたくさんありますし、常に何かテーマを掲げて設計をする姿勢はとても素晴らしいですね。

図版3 図版4

この草案を見ると、どういう風に三角形というかたちの特徴を生かすか、何度も何度も考え直されていることがわかります。計画的にもなかなかうまいです!

岡北:次の「建築設計4」は課題がもう少し複雑化しますね。複合施設(保育園と交流センターと福祉施設)の設計です。多機能の複合施設の設計は難しい!!

橋本:防災交流センターの課題の反省から、外構の計画(駐車場や保育園園庭など)をまず考えました。それと同時に敷地の中での建物の配置を検討していきました。いろいろとスケッチをしながら、内と外の関係性をうまく見せたられるように、ひたすら手を動かしました。外から建物がどう見えるのか、中からはどう見えるのか、想像力を働かせました。

岡北:なるほど。もういっぱしの建築家ですね!想像力は大事です。それが一番大切な力かもしれません。どんな場所・空間になるのか、ここに来た人たちはどんな風にここで時間を過ごすのか。それをできるだけ生き生きと想像することが大切だと思います。

橋本:建物に親近感を持ってもらえるように、たくさんの利用者(保育園児、職員、地域の人々)が共有できるスペースや中庭に建物の中心的な役割を与えました。そしてそこからいろいろな部屋に分かれて向かうような設計です。防災交流センターで指摘された建物のボリュームを意識して、できるだけ建物の高さを抑えて、屋上テラスを設けて、みんながくつろげるような場所をつくろうとしました。

岡北:庭のデザインや、多機能でみんなで使える広場のような場所のデザインに意識が向いていることはスケッチを見ていてもすごく伝わります。

橋本:これまでの課題でも庭や共有スペースをどう作っていくかはずっと重要な課題でした。今回の設計では庭や共有のスペースについては、納得いくものができました。県大の学生チームで取り組んだ設計コンペで頑張った共有空間の設計が、この課題に活きました。(この設計コンペはワンデーエクササイズというものです。詳しくはこちら。)

岡北:設計コンペなどにグループで取り組むことによって、新しい視点や違う設計の進め方が出てきて、自分のやり方が相対化されますね。よい経験です。

橋本:建物が作り出す外観というよりは、自然とともに一体となった外観をつくろうとしました。木々が成長していくように、何年、何十年にもわたって、そこに住む人たちと一緒に成長できるような建築を目指しました。

岡北:これは私の勝手な見解ですが、総社という豊かな自然の中にいると、建築が自然とともにあることを強く意識します。だから、橋本さんのいまの一言には共感します。

橋本:福祉施設に関しては、高齢者の方々が心地よくサービスを受けられる場所になっているのかどうか自信がありません。利用者がその建築でどれだけ快適に過ごせるのかどうか、それをもっと考えないといけないなと思いました。

岡北:専門的な機能を持つ建築の設計は、それ固有の問題をしっかり理解する必要があります。建築の設計というのは本当に奥が深いですね。

図版5 図版6

断面図も書きながら、平面的にも立体的にも建築を考えようとしているのが伝わります。

岡北:最後に「建築設計5」の話を聞いて終わりにしましょう。この課題では、大阪にある有名な集合住宅「NEXT 21」にある一つの住戸の改修計画の提案を求めます。一つの家族のライフストーリーを想定して、改修を考えなければなりません。

橋本:住宅の設計はとても久しぶりでした。既存の集合住宅を舞台に、私的な空間とみんなで使う共用の空間をつくるわけですが、まずはNEXT 21という集合住宅が普通の集合住宅とどう違うのか、何を求められているのかを調べました。

岡北:そうですね。NEXT 21は、少し変わった集合住宅で、住戸の間取りをかなり自由に作り変えることができます。普通の集合住宅では難しいことがNEXT 21では対応可能です。間仕切り壁の位置を大幅に変えたり、水回りの位置を変えることもできるため、住み手のニーズや家族のかたちに応じて、自由に変更していくことができます。

橋本:NEXT 21の歴史のなかでそれぞれの部屋はどのようにかたちを変えてきたのか、事例研究を進めました。長い年月の中で家族の形がどう変わり、そしてそれに対して住戸(部屋)がどう変わっていったのかを調べました。まず思ったのは、未来のさまざまな状況を考え、予測するのがとても難しいことです。そこで、さまざまな未来の状況に応じて、柔軟に対応できるような住宅のかたちを模索するなかで一つの結論が出ました。間取りの変更で家族のすみ方に対応するのではなく、間取りを大きく変更しなくても、いろんな住み方に対応できる家をつくる!と決めました。柔軟とはいえ、その時々に部屋を作り替えたり、壁の位置を変えたり、大幅な空間構成の変更は、住み手の記憶を壊してしまうと思ったからです。

岡北:おお!!それはある意味ではNEXT 21への挑戦状ですね(笑)!!

橋本:人が心地よく住まうことができる部屋の配置や距離感はそれほど大きく変わるものではないと思っています。最初は、個々人のプライバシーな空間と家族が交流する空間をつなげるために、ベランダやテラスのような中間的な場所をつくることを考えました。でも私が考える家族構成と必要な部屋のことを考えると、面積不足でそれが難しいことに気づきました。ベランダやテラスを設けずに、この課題を解決するにはどうするか悩みました。廊下をうまく使おうと思い、そこで玄関を二つ設けることにしました。よくあるような表玄関と裏玄関ではなくて、等価な二つの玄関があります。

岡北:なるほど。確かに玄関が二つあると、家の中と外を出入りして、部屋から部屋への移動をする経路のバリエーションが増えますね。面白いアイデアです。

岡北:私はいま妻と息子の3人で暮らしていますが、10年後にどのような家族のかたちになっているか、なかなかはっきりとは想像できません。この課題では確か45年後の未来まで想定したんですよね?

橋本:そうです。仕事をしている人はリタイヤして、介護が必要になったり、子供たちが大きくなり、家の外に出たり、あるいはまた戻ってきたり、いろんな未来を考えました。一番最初の授業の時に、課題が発表されて、その解説を先生方がされたときに、住宅問題、社会問題を踏まえて、住まう家族の構成を考えてほしいとおっしゃいました。建築が社会の問題をどう解決できるのか?これは大きな問題だと思いました。

岡北:建築の設計によって、大きな社会的な問題が鮮やかに解決できるとは思いません。でも建築はとても社会的な存在だから、私たちを取り巻く社会に対して、どのような貢献ができるのか考えることはすごく大事ですね。

図版7 図版8

改修計画は、建築の構造などすでに決まっている部分があるので簡単そうに思えるかもしれませんが、既存の形にしたがうことで自由度が下がる分、難しいともいえます。

最後に
今回のインタビューは、最終提出された作品にフォーカスするのではなくて、その過程に注目して、お話をうかがいました。今回のインタビューは高校生の皆さんに向けてテーマを決めました。本学の建築学科は建築設計・デザイン教育を重視していますが、高校生の皆さんには、どうやって設計案をまとめるのかイメージが湧きにくいのではないかと思ったからです。
橋本さんのお話をうかがっていて思うのは、建築設計の楽しさと難しさです。とても楽しんで課題に取り組んでいることがわかる一方で、さまざまな条件(構造上安全な建築、人々が過ごしやすく心地よい建築、美しい建築、環境に配慮された建築…)をすべて満たすために、試行錯誤している様子もうかがえます。あちら立てれば、こちらが立たぬ。その都度に矛盾を解決する力が求められているといえるのかもしれません。